SRILANKA_1

 

ヌワラエリヤへの列車。

青々とした紅茶畑が窓の外を流れていく。

目を凝らすと、頭に籠をのせた女性が畑の中を歩いているのが見えた。

 

僕は車両の連結部で、外の景色を眺めていた。

席に戻るとき同じ車両にいた男性と目が合ったので

覚えたてのスリランカの言葉で挨拶をすると、彼は僕を席に招いた。

 

彼はきれいな身なりをしていて、年は同じくらい。

僕らはお互いのことや、スリランカのことを話して時間を過ごした。

彼が紅茶のバイヤーをしていること、ムスリムであること、つい最近までスリラ

ンカでは内戦があったこと…etc

 

しばらくすると彼がお弁当を取り出して、一緒に食べようと誘ってくれた。

僕はとっさに日本語でありがとう、と言った。その方が気持ちが伝わるような気

がして。

 

彼はペットボトルで僕の手を流してくれると、

頭を横に揺らしながら、僕に食べるようにうながした。

これはインド系の人がよくやる仕草でOKYES(肯定)の意味。

 

彼の奥さんの手料理はとても美味しく、魚介の風味がするおかずもあって

同じ島国の日本人にとってはとても親しみやすい味だった。手で食べるといっそ

う美味しく感じるから不思議。

 

そして列車は駅に着き、僕は彼にお弁当のお礼を言って別れ

家路につく人たちにまぎれて駅を出ると、僕はその日の宿を探すことにした。

 

旅をしていると出会いと別れは数えきれないほどあるから

いつのまにか慣れてしまうけれど、振り返ってみるとあれが最後だったんだなと

気づく。

 

良い別ればかりじゃなく、中には喧嘩するように別れてしまった人もいるけれ

ど、みんな元気でやっているといいな。

 

 

広告

 

KLM247.jpg

海辺の男女、夕暮れ。

ジブラルタル海峡のモロッコ側の街、タンジェにて。

2011_THAI_1.jpg

 

初めてのバンコクはとても印象的だった。

思い出すたびに、初めてのことって一回しか無いんだな、と

当たり前のことを思って少し寂しくなり、そして毎度のことのようにバンコ

クに行きたくなる。

安い航空券だったので空港に到着した時は夜11時を回っていた。

空港から乗ったタクシーの運転手さんは優しく

カタコトのタイ語を使うと、とても嬉しそうに話してくれた。

話しの合間に車内から見る町並み ー 人通りの少ない通りに並ぶ屋台、

客を待つバイクタクシー、店の中に光って見える仏像 ー を

眺めながら、僕は心を躍らせていた。

カオサン通りに着いた僕は

半裸の白人がバーで盛り上がっているのを横目に

前もってガイドブックで目星をつけていた宿を探すことにした。

裏道に入るとタイの若者たちが楽しそうに走り出してきて

屋台の女性は横にまだ幼い子供を寝かせて、黙々と仕込みをしていた。

屋根からはまだ雨水が滴り落ちていて、ついさっきまで雨が降っていたみた

いだ。あちこちに水たまりができていた。

結局探していた宿は見つからず、フロントに人の良さそうなお兄ちゃんが居た

ところに決めた。

5階建てのビルを上がると、共同のシャワールームが二つあり

廊下の両隣に部屋が並んでいた。

部屋はこれ以上無いくらいに簡素なもので、少しカビのにおい。

ファンのスイッチを入れると、大げさなくらいに早いスピードで回りだした

ので僕は少々面食らった。

なんとか無事に旅の一日目を終わらせられそうだ、と僕は満足していた。

廊下からはかすかに他の旅行者の気配とファンが回る音

外からはトゥクトゥクのエンジン音と誰かの話し声が聞こえ

遠くからは誰かが観ているテレビの音や、バーからの低音が響いてくる。

雨、花や食べ物の強い匂い、そして人々の暮らしの気配。

これが初めてのバンコクの印象だった。

– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –

写真はバンコクではなく、

ルーイ県のメコン川沿いの町、チェンカーンにて

TH_2268-1_

 

どういうきっかけだったかは忘れてしまったけど

何処かの国で、おじいさんと手をつないで散歩をしたことがあった。

当然言葉が通じないので、ただ黙って夕暮れの町を歩いただけだった。

旅が好きな理由は、こういう時間がふいにやってくるからなんだろうな、と思った。

TH_060-2

 

居心地が良くなってきた場所を離れ、次の目的地へ移動する。

移動というのは楽しいものだけれど、多少の緊張感も伴う。

特に国境を越えたり、前もって宿を決めていない時などはなおさらだ。

緊張のために、普段は落ち着いて対処できるようなこともできなくなったりする。

ラオスからタイへ入る国境で、バーツを出そうとATMを利用した時のこと。

暗証番号を間違えてしまったのか、カードが出てこなかった。

ここまで乗ってきたバスはもうすぐ出発しようとしていたので、

載せてあった荷物を下ろし、ATMを前に呆然としていた。
諦めることにして、タクシーで次の街へ向かった。

次の日には東京から来る友達とバンコクで待ち合わせていたからだ。

バンコク行きの鉄道に乗ったあとも、ATMの件を思い出していた。

自分への怒りと後悔の気持ちが沸いてきて、今更どうにもならないことを延々と考え続けてし

まう。

さらに悪い事に鉄道の冷房が効き過ぎていて、フリースを着ても震えが止まらない。

常夏の国に来るのに防寒具なんて持って来ていないので我慢するしか無く、ただただ列車が到

着するのを待つだけの状態。

バンコクに着いたときには体の調子は最悪で、食欲も無くなっていた。

その後、友達と一緒にサメット島で数日過ごしたが体調は全く回復せず、

バンコクに帰ってから病院へ行ったら、デング熱にかかっていたことが判明した。

仏教の考えでは、「怒りには怒りにふさわしい身体がつくられる」という。

終わった出来事に執着しすぎて、心の調子が崩れ、身体の免疫が落ちてしまっていたのかもし

れない。

ATMにカードが吸い込まれたことなんて、どうってっことない。

健康でいられれば大抵のことはどうにかなる、なんて思えるようになってくる。

それに、しなくても良い心配事に執着していたら、

目の前で起こっている素晴らしい出来事を見逃して、心と身体のバランスもおかしくなる。

1週間かけてデング熱を治した僕は、ドミトリーのベッドを抜け出し、

匂いを嗅ぐのも嫌だったタイ料理をお腹いっぱい食べると、身軽になった身体で旅を再開し

た。